デザインきらい

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ねっむ。

 

大好きな人のおめでたい事に

制作物を頼まれてやってるんだが

本当に心底やりたくない。

 

鬱々としてたら友だちに

なんで大好きな人の頼み事なのにそんなに辛いの?と言われた

 

そうだよね、そう思うよね。

たぶん、もうつくる事が嫌なんだよ…。

 

単純な流れ作業なら構わないんだよ。

《理由》決まっているやり方をこなせばいい頭使わない単純な作業だから大体どの位の時間で終わるか予測がつく。完成もイメージできてる。

そんなもん好きな音楽聴きながらルンルンこなせばいい。それはストレスではない。作業する事自体は苦じゃない  

 

 

制作やデザインが嫌いなのは何故か

《理由》不正解はあるくせに正解がない。正解が見つかるまでどのくらい時間がかかるのかわからない不安。

どのくらい時間がかかるか終わりが見えないから、未完成なものが出来てしまうのではと不安。

だからある時間全部費やしてそれでもできなかったら諦めるという方法でしか動けない。

 

完璧主義の白黒思考だから

グレーゾーンに耐えられない。

 

本当は常に心穏やかにいきたいけど

制作をするとどうしてもグレーゾーンが出てくるもの。

それにイライラする自分を

これ以上嫌いになりたくないから

いっそ制作すること自体を辞めにしたい。

 

誰かに頼まれないで

自分の好きな時に好きなように作ってる時は

グレーゾーンを楽しめてるんだけど。

 

その私が楽しめる種のグレーゾーンは、《雑さ》。

その、『雑でいいじゃん!』は

途中で飽きたり。

途中で変えたくなったり。

なんか特に意味をあててなかったり。

タブーや失礼なこと、無関係、ぜーんぶOKとしたり。

自分しか迷惑かからないから、そういうの全部やっていいんだけど

仕事として頼まれるとそうもいかない。

 

私が制作時に楽しんでる、『無法地帯・無秩序でオゲレツハッピーなテキトーさ雑さ』は排除される。

私が楽しければオッケーではないもの。

お客さんがいるからね。

 

そのバランスも白黒思考が邪魔をしてる。

それは分かってるんだけども。

 

私の持ち味は雑さからきてると思うが

社会にそれを持ち込むのは中々難しいね。

 

 

 

ねむい。